欧米の地盤沈下と日本の自動車

一般社団法人日本EVクラブ代表 舘内 端

 
EVをめぐるさまざまな動きがある中で、そうしたことなど吹き飛ばすような世界の変革が始まった。震源は米国大統領のトランプ氏である。さまざまな商品、製品、部品の関税を次から次へと高めたと思ったら、減額し、さらには元に戻したり…。いったい世界はどうなるのか。かくいう私も心配だ。

しかし、こと自動車に関しては変動の最後はEVに戻ると確信している。といっても大きく変わる世界の価値観の中で、果たしてそれに追従できるかというと、次々と発表される新型EVのほとんどにその可能性が見いだせないのが心配である。

<水俣港から芦北町へ>

さて、これまでは便利で廉価で遠くまで走るクルマが売れた。デザインもコーナーリング性能もハンドルの中立付近の剛性感も、いまひとつマーケットを惹きつける魅力に欠けていた。そうした性能は「良くて当たり前」であったのかもしれない。
さらに環境対応性能(CO2、排ガス、騒音)やエネルギー効率(燃費)の性能となると、商品性は低く、購入動機にはならなかった。ましてやそれらの性能向上で価格が高くなったりするとまったく相手にされなかった。

まだそうした雰囲気が残っていた2010年に、本格的な国産軽EVのi-MiEVが発売された。それからすぐに同じく国産EVのリーフが発売された。一充電の航続距離が満足のいくものではなく、急速充電の設備は十分に整っていなかった。そして極めつけは価格の高さだった。不便で、高価で、遠くまで行けなかったが、環境対応はすべて満足できるものだったのだが…。

残念ではあったが、両車とも関係者が期待した台数は売れなかった。購入したのは、知的レベルが高く、生活にゆとりがあり、EVは町の中で使い、遠い所には所有するファーストカーで出かけられる人々であった。つまり、数少ない知的な富裕層のセカンドカーにとどまったのだった。
それではと多くのメーカーは、まず航続距離を500kmから800kmに伸ばし、さらに富裕層のファーストカーとして認められるようにボディ・デザインを高級車(風)にし、それを引き立たせるように塗装の回数をぐっと増やし、何層にも重ね、内装にはふんだんに革を使い、佇まいを高級にした。これならたとえEVでも600万円から800万円もする中級セダンとして売れるに違いないとでも考えたのだろうか。

しかし、これはEV普及の最大のネックだった価格の高さを粉飾したに過ぎないのではないだろうか。そうしたEVではなく、いつの時代でもずーと言われていることだが、次の時代を予感して示す〈感覚〉、〈価値観〉を、デザイン的にも機能(価格)的にも表していて、生活に溶け込むEVを、ユーザーは見せて欲しいのである。つまり、荒れに荒れている今日の次の時代を見据えたEVだ。

<欧米の衰退とアジアの興隆>

現在の世界の混乱の原因は、まず米国の衰退だ。そして衰退から復興する手段としての米国の鎖国化であり、それを強引に推し進める手法としての独裁だと考えられる。いや、トランプ氏の顔を見ていると順序は逆かもしれないが。
だからといって、これまでの米国に代わって世界を民主的に束ねる力はヨーロッパにはない。ヨーロッパもまた衰退しつつあるのだから。ただし、とりあえず民主的に衰退することを望んではいるようだ。
一方で、中国・アジアは産業立国に目覚め、その範を日本にとり、着々と非独裁国家(中国は?)として大成長のただ中にいる。その象徴のひとつが自動車産業の勃興である。産業集約型の自動車産業の成長は、半導体も含めてその国の産業・経済を大きく育て上げていくからだ。

自動車とその産業が国を豊かにすることに最初に気づいたのが米国であった。広大にして豊かな国土と移民による膨大な人口に、その移民がヨーロッパから伝えた産業革命の技術と富の蓄積を使って、米国はまれにみる豊かなそして軍事的に最強の国家とし19世紀に、そして20世紀に世界に君臨したのだった。その大国が滅びていく。そのきっかけのひとつが自動車と(鉄と)その産業であり、滅びていくきっかけとなったのが性能やデザインはともかく壊れにくく、燃費に優れ、そして低価格の日本の自動車と、それを作り出した日本の自動車産業であった。

米国の自動車産業を脅かした日本が、今度は中国に脅かされつつある。しかも開発と生産に莫大な費用と時間がかかるエンジン車ではなく、ほとんどの国で開発も生産も廉価な費用で可能なEVへ転換しての話だ。
そして、かつての日本の自動車が米国をそうしたように、中国製のEVが日本のあちこちの道を走り回るのはそれほど遠い先のことではない。だが、関税を高くしてこれを防ぐことはできない。自由貿易を廃止するようでは、現在のトランプ・アメリカそのものになってしまうからだ。

米国は関税を高くして海外からの物資の流入を防ごうとしている。これは保護主義として叩かれるのだが、現状が変わらなければ米国以外の国、地域も保護主義となり、世界経済の発展は止まるどころか、場合によっては壊滅である。

<日本の自動車の行く末

ところで日本は貿易立国である。中でも自動車の輸出は生命線だ。そして世界は大きくEVに舵を切っている。EVの開発に遅れた日本はトランプの関税戦略に翻弄されながら、急遽、多種のEVを開発、販売しなければならない。地盤沈下の激しい米国の自動車生産の中心地であるデトロイトの二の舞は避けなければならない。
ちなみに、デトロイトは1908年からT型フォード等の工業製品の生産を始め、拡大に次ぐ拡大を遂げ、2013年に財政破綻した。

世界の、そして日本の自動車とその産業はいかなる変貌を遂げるのか。果たして生き残れるメーカーは何社だろうか。さらには原動機と電池はいかなるシステムでいかなる技術で、どのように変貌を遂げなければならないのだろうか?

いずれにしても、それらは気候変動をストップできるシステムでなくてはならない。現在の自動車とシステムから、そのようなシステムと自動車に変化させるために必要なことは、まず日本も世界もEVの普及率をもっともっと上げることだ。

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