マイナス35℃の極寒でも電気自動車はへっちゃら平気

遠征に使用したEVジムニー「ARK-1」号。東京オートサロン2005で、コンセプトカー部門優秀賞を獲得した。右手奥に微かに見えるのはユーラシア大陸の東の端。

京都支部/鈴木 一史(ZEVEX)

「豪雪で高速道路上に閉じ込められたらEVだと死んでしまう」。昨年末、こんな話題がネット上に踊りました。EV推進派・アンチEV派が、それぞれ喧々囂々、持論を騒ぎ立てたからです。例えば「EVは暖房を使うとすぐにバッテリーがなくなって凍死確定」とアンチEV派が言えば、「内燃機関車は凍死する前に一酸化炭素中毒であの世行き」とEV推進派が切り返す、ってな感じでした。さらには双方が持論に都合の良い情報や動画をネット上から拾ってきては正当性を主張したので、最終的には”なじり合い”に成り下がりました。

テーマ自体は、個人的にとても興味深いテーマだっただけに残念でした。科学的議論のお作法から大きく逸脱した”なじり合い”に成り下がったのには、一にも二にも一次情報の不足が大きいと私は感じました。わかったようなことを言っていても所詮は”聞いた話”で、それもどうかすると得体の知れないネットからの話だったりするので説得力は皆無でした。この点、ZEVEXは上記テーマについて明確な一次情報を持っているので、今回はその経験談を紹介させていただこうと思います。

今から16年前の2005年、我々ZEVEXは北海道の北にあるサハリン島(樺太)とユーラシア大陸を隔てる間宮海峡に、厳冬期に結氷する海峡横断を掲げて遠征を掛けました。チームの目標である「4×4 EVゼロエミッション南極点到達」の前哨戦として、データ取りと隊員の経験値積み上げが目的でした。全行程は2月中旬~3月中旬の1ヶ月強、環境的に一番厳しかったのは、北緯51度30分から凍った海に降りて約100kmを北上した3泊4日の行程でした。

この地区の2月は日中でもマイナス15℃を上回りませんし、晴れた朝は必ずマイナス30℃を下回ります。この区間を担当した先発隊は4名、遠征に使用したEVジムニーは定員1名だったので、残った3名は前年の調査で予約していたロシア人サポート隊のスノモに乗って、マシンと並走して移動しました。3泊のうち初日の夜だけは猟師小屋を使うことができましたが、残り2泊は凍った海の上でテントに連泊でした。もっとも、二夜目は壊れた橇の修理でほぼ徹夜でしたし、三夜目は早朝に起きて前夜氷の割れ目に脱輪スタックしたEVジムニーのレスキュー作業だったので、あまり寝なかったというのが正確なところです。一番気温が低かったのは二夜目の朝でマイナス35℃でした。

実は、この時使ったEVジムニーはフルオープンで、ヒーターはコアごと取り払っていたので、一切の暖房装置はありませんでした。牽引した橇にはシリーズハイブリッドのシステムを組んでいたので電源はありましたが、100Vの電気器具は持って行かなかったので寒さ対策にはなりませんでした。唯一、発電機の廃熱で凍ったオレンジジュースが溶かせたことで、粘度の増したウォッカと混ぜてスクリュードライバーを作って、極寒の修理作業中に身体を内部から温めることができました。

4日目夜に何とか間宮海峡最狭部に面するサハリン側の町ポギビ村に到着した先発隊は、無理をお願いして村はずれの空き地に着陸してもらった複葉機に乗ってきた後発隊と合流し、翌日から海峡横断を開始しました。残念ながらビザの残り日数不足にブリザードが重なり、さらには村の砂浜にセットするはずだったEVジムニーを、深い吹き溜まりを越えたポギビ湾の奥まで持ってきてしまったことで、海峡横断は諦めざるを得ませんでしたが、風車とPVからの充電も上々で、雪中の走破性能もガソリンジムニーに遜色ない事実を確認し、十分なデータ取りと走行テストを実行して無事日本に戻りました。手の指は10本とも凍傷になりましたが、水ぶくれにさえ至っておらず命に関わる症状ではまったくありませんでした。

これが日本の寒さを超えた極寒の環境下でEVを運用した体験談、つまり一次情報ですが、結局何が言いたいのかと言うと「豪雪で高速道路上に閉じ込められた時」の、生きるか死ぬか?の論点に、「EVか内燃機関車か」はほとんど関係ないということです。少なくとも論点はそこにはありません。EVでも内燃機関でも、当たり前の冬の備えをしておけば何の問題もないのです。

「理論」と「実践」は両輪なので、実践・実験の裏付けを持たない理論は仮説に過ぎません。検証を軽んじる仮説は概ね与太話の類いです。リチウムイオンを積んだEVの一般向け市販が始まって10年。玉石混交の情報がネットに溢れる時代になったことと比べると、EVに関わる「経験値」の積み上げが大きく不足している状態なのでしょう。単なる「ネット耳年増」の与太話か?「経験値」という砥石で研ぎ澄まされた実践的な「理論」か? これからのEVユーザーには、そこを峻別するリテラシーが求められる時代なのだと思います。

氷の割れ目でスタックしたEVジムニーをレスキュー中。下は砂浜だと思っていたら割れ目から海水が染み出していたので海の上だと知って、慌てて作業しているところ。

リチウムイオンバッテリーの、自然放電したぶんと使って減ったぶんを補充電中。

凍り付いた間宮海峡。三角形の山はユーラシア大陸の街ラザレフの山。

無理をお願いして、村はずれの空き地に着陸してもらった複葉機「アントノフ2」。空冷9気筒の星形レシプロエンジン搭載。

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